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新島研究

第100号(2009年2月)

巻頭言
露口 卓也
100号記念特集Ⅰ 新島襄を若い世代にどう教えているか
はじめに
同志社香里中学校・高等学校の場合 富田 正樹
同志社女子中学校・高等学校の場合 生田 香緒里
同志社国際中学校・高等学校の場合―新島襄生誕記念懸賞論文への道― 山本 真司
共愛学園高等学校の場合 頼富 雅博
100号記念特集Ⅱ 新島襄の伝記をめぐって
はじめに
湯浅与三と魚木忠一の新島襄伝 井上 勝也
神田哲雄と渡辺実の新島襄伝 北垣 宗治
新島伝あれこれ―「顕彰」と「検証」のはざまで― 本井 康博
【論叢】
新島襄と女性教育―もう一つの志― 坂本 清音
新島襄の畢生の事業―開始に当たっての努力・忍耐・苦悩・祈り― 井上 勝也
近世新島家の儀礼と贈答の人びと―「新島家祝物到来覚帳」の考察― 籠谷 次郎
新島襄の母とみと御目見医師雨森宗真―越前大野藩医雨森家の究明と「恩人碑」― 関口 徹
新島 襄の神学思想 大越 哲仁
札幌基督教会と新島襄 小枝 弘和
柏木義円と同志社問題―連袂辞任と綱領削除問題を中心に― 坂井 誠
【資料】
新島襄が学んだ神学①―神学ノートの翻刻― 山本 真司
『新島研究』第1~100号 総目次
『新島研究』第1~100号 執筆者索引
「新島研究奨励金」ご寄附について〈ご報告とお礼〉

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第99号(2008年2月)

【論叢】
安中藩士岡田源七郎と新島家―関口徹氏の所説にふれて― 籠谷 次郎
新島襄の母とみと信州中之条代官荒井平兵衛
―その人物の特定と業績、一族と居宅地の解明―
関口 徹
ラーネッドとセイヤー・カレッジ 大越 哲仁
同志社第2代社長・小崎弘道とアメリカン・ボード─ 森永長壹郎
北海道における同志社大学設立運動―北海道毎日新聞を手がかりに― 小枝 弘和
【書評】
太田雅夫著
『新島襄とその周辺』 (青山社刊 2007年3月)
『私の新島襄論』   (雅風庵刊 2007年4月)
坂井 誠

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第98号(2007年2月)

【論叢】
新島襄の数学ノート“Elements of algebra”の原書 竹内力雄・小枝弘和
新島襄の母とみの「口述」を改めて聴く―家老尾崎直右衛門父子と媒酌人岡田源七郎― 関口 徹
島襄と幕末維新の動乱―天誅組の烈士原田亀太郎との交友を中心に― 八木橋康広
新島襄とオーティス・ケーリの学んだアマースト・カレッジ
―歴代学長のプロフィール・伝統と当時のカリキュラム―
井上勝也
新島襄の「脱国の理由」と『ロビンソン・クルーソー』 森永長壹郎
新島襄の回心(conversion)について 明楽 誠
大学部としての同志社政法学校― 新島襄逝去後の大学設立運動 ― 大越哲仁
【エッセイ】
アメリカの一ユーモア作家の「良心論」から見る新島襄の苦闘―良心の自由を求めて― 那須頼雅
【講演】
アーモストの輝かしい息子―新島襄のアーモスト大学時代― ダリア・ダリエンゾ
(北垣宗治 訳)
【コラム】
名護屋丸について 森永長壹郎
数学ノートに描かれた新島の象のスケッチ 山田果林

第97号(2006年2月)

【論叢】
新島襄の「平民」戸籍の創出と平民主義 竹内力雄
新島襄の学んだニューイングランド、 フィリップス・アカデミーと当時のカリキュラム 井上勝也
新島襄の平民主義と人民観 坂井 誠
山本唯三郎と天津 藪田謙一郎
「同志社大学設立の大意」の検討 太田雅夫
内村鑑三の弟子・斉藤宗次郎―書誌の紹介の中で― 児玉佳與子
【書評】
太田雄三著『新島襄』批判 行天博志
太田雄三著『新島襄』を読む 服部泰夫
太田雄三著『新島襄』を読んで 井上勝也
太田雄三氏の『新島襄』を読む 北垣宗治
太田雄三著『新島襄』を読んで 宮澤正典
太田雄三先生への手紙 森永長壹郎
顕彰と検証のバランス ―ある新島襄伝の波紋― 本井康博
プレゼンティズムの陥穽 吉永契一郎

第96号(2005年2月)

【論叢】
ニューイングランド・ピューリタニズムと新島襄 竹中 正夫
幕末―維新時における新島家の人々-続・安中藩制と新島家の人々- 鏑木 路易
同志社大学設立運動と『東雲新聞』-同志社関連記事を中心に- 太田 雅夫
新島襄と内村鑑三-内村鑑三の視点から- 中森 厚
『同志社大学設立の旨意』に現れた「教化」の問題
-「同志社大学設立の趣旨」「同志社設立の始末」の比較を通して-
大越 哲仁
新島襄のニューイングランド経験をめぐって
-シーリー、パーク、新島の福音主義の位相-
明楽 誠
福士成豊と北海道の地形測量 上西 勝也
草創期札幌農学校と初期同志社の比較研究-アマースト大学の影響を中心に- 小枝 弘和

第95号(2004年2月)

【論叢】
五年生集団退学事件と新島襄 河野 仁昭
新島襄と福沢諭吉(二)-その文明論を中心に(二)- 坂井 誠
【研究ノート】
同志社「良心碑」文言考-「良心」の出典をめぐって- 竹内 力雄
新島襄と大学設立運動 行天 博志
内村鑑三と同志社の人々 寺崎 暹
サクラ咲く 松井 全
新島襄と兵学 大江 流
【資 料】
新島襄「英吉利文典直訳」について 北垣 宗治
川口居留地と同志社 西口 忠

第94号(2003年2月)

【論叢】
『理事功程』と新島襄 大越 哲仁
新島のニューイングランド経験再考 吉永契一郎
多賀城碑の拓本と李樹延の書-「新島襄旧廷」の屏風を中心に- 太田 雅夫
京都看病婦学校と佐伯理一郎-宗教活動の視点から(二)- 寺崎 暹
新島襄と福沢諭吉(二)-その文明論を中心に(一)- 坂井 誠
新島襄の政教分離論について 明楽 誠
【研究ノート】
新島学の前進 北垣 宗治
新島襄における精神形成について(二) 行天 博志
-フィリップス・アカデミーからアンドーヴァー神学校まで-
【資料】
維新前後の新島襄の書簡と来簡に関する一覧表の作成 鏑木 路易

第93号(2002年2月)

京都看病婦学校と佐伯理一郎-宗教活動の視点から- 寺崎 暹
新島ゆかりのカタルパが咲いた 秦 芳江
青木要吉、山本唯三郎-同志社出身の異色の兄弟- 鏑木 路易
新島襄における精神形成について(一)-幼少期から脱出まで- 行天 博志
新島襄の闕字について(二) 明楽 誠
【資料】
帰国そして同志社設立-新島研究のための仮訳- 訳 服部 泰夫
新島民治筆「新島家祝物到来覚帳」 籠谷 次郎

第92号(2001年2月)

同志社創設者・新島襄の病状、治療と現代医学との比較考察 坂部 慶夫
新島襄と福沢諭吉(一)-その教育思想を中心に- 坂井 誠
根岸橘三郎『新島襄』をめぐって-柏木義円の批判を中心に- 太田 雅夫
新島襄と神戸 行天 博志
新島襄の〔青春物語〕に見る安中藩の〔毀鐘鋳砲〕について 鏑木 路易
新島襄の闕字について(二) 明楽 誠
新島襄のモデルを求めて 北垣 宗治
徳富 蘇峰の『三代人物史』に見る新島襄観と漢詩に見る志について 服部 泰夫
資料 宮城英学校設立趣意書 太田 雅夫

第91号(2000年2月)

新島襄の闕字について(一) 明楽 誠
「少年よ大志を抱け」(Boy's be ambitious)を巡って 寺崎 暹
新島襄が宿泊したことのあるルツェルンの「ホテル白十字」 日永 康
温泉保養地ヴィーズバーデンにおける新島襄 大越 哲仁
新島襄の挑戦 河野 仁昭
新島襄遺言第六条について 服部 泰夫
宣教の勇者ディヴィスの生涯(最終回) J・マール・デイヴィス 著
北垣 宗治 訳

第90号(1999年2月)

新島襄の儒教論 明楽 誠
二人の近代-諭吉と襄 坂井 誠
岩倉使節団員としての新島襄-新島襄と勝海舟の接点として- 大越 哲仁
新島襄と徳富蘇峰 服部 泰夫
新島襄の「白鳥の歌」-「いしかねも」秘話- 本井 康博
新島襄伝への期待 河野 仁昭
宣教の勇者ディヴィスの生涯(十三) J・マール・デイヴィス 著
北垣 宗治 訳
日本ミッションの視点-1998年の新島研究の成果- 北垣 宗治

第89号(1998年2月)

『新島襄の生涯と手紙』と林楽知 薮田謙一郎
新島襄と福沢諭吉-同志社から見たふたりの交流- 本井 康博
新島襄のディレッタンティズム-素人の文明観を探る- 武 邦保
中村 栄助-クリスチャン京商人の生涯- 河野 仁昭
一青年の見た新島襄 服部 泰夫
THE CONGREGATIONALLST (VolXXXNo.9) 所収の新島襄関係資料について 小山 文雄・小原 由美子
宣教の勇者ディヴィスの生涯(十二) J・マール・デイヴィス 著
北垣 宗治 訳

第88号(1997年2月)

新しい『新島研究』の刊行について 井上 勝也
【論文】
新しき「自責の杖」事件の時は来たれり-新島襄とD・Wラーネッド- 本井 康博
同志社の社会福祉の源流 河野 仁昭
草創期の同志社と槇村正直 坂井 誠
マイ トリップ トウ チャイナ -魯迅と内山完造の周辺- 吉田 曠二
同志社出身の興銀総裁小野栄二郎 鏑木 路易
【翻訳】
宣教の勇者ディヴィスの生涯(十一) マール・デイヴィス 著
北垣 宗治 訳
日本人徳富蘇峰と梁啓超 馮 自由 著
薮田 謙一郎 訳

第87号(1996年1月)

【巻頭言】
新島研究の視野 上田堅一郎
【論文】
W・S・クラーク博士からの樹木の種子 森 一郎
今不学恐失時-新島襄の十五歳の手紙 河野 仁昭
あの日のこと 松井 全
「蘇峰自伝」を読む-シルバーライフの宣言書 吉田 曠二
【翻訳】
宣教の勇者ディヴィスの生涯(十) マール・デイヴィス 著
北垣 宗治 訳
【末光力作先生追悼】
末光力作先生の思い出 森 一郎
末光力作先生のことども 北垣 宗治
末光力作先生 大鉢 忠
【資料・ニュース】
表紙裏<新島先生の言葉>の解説 井上 勝也
最近の新島襄文献 1995年11月現在 中西 清和

第86号(1995年7月)

新島先生の言葉 選・井上 勝也
【巻頭言】
新島研究家の人々 松山 義則
アメリカ南北戦争直後のニューイングランド オーテス・ケーリ
新島襄と押川方義-の親交と確執の諸相- 本井 康博
新島先生の二つの遺言 竹山 幸男
ディヴィス氏の手紙に見る新島 襄 森永長壹郎
人間をとる漁師 ぺニントン・モモ
同志社の開校-山本覚馬・槇村正直を中心に- 鏑木 路易
宣教の勇者ディヴィスの生涯(九) 北垣 宗治
表紙裏<新島先生の言葉>の解説 井上 勝也
最近の新島襄文献 中西 清和

第85号(1995年1月)

【巻頭言】
同志社-名は実の賓なり 鏑木 路易
明治五年八月、露都サンクト・ペテルブルグでの新島襄と「理事功程」 竹内 力雄
新しい山本覚馬像 鏑木 路易
マイ トリップ トウ アメリカ 吉田 曠二
新島先生の足跡を訪ねて 森永長壹郎
新島襄の足跡をたどって-アーモスト、アンドーヴァー訪問記 嶽 咲子
新島襄の足跡をたずねる旅 河野 仁昭
書評 北垣宗治著『新島襄とアーモスト大学』(山口書店、1994年) 川西 進
秋山哲治先生のことども 北垣 宗治
表紙裏<新島先生の言葉>の解説 井上 勝也
新島襄文献 河野 仁昭

第84号(1994年5月)

新島先生のことば(出典付き) 井上 勝也
【巻頭言】
理想主義者 新島襄 井上 勝也
新島書簡の落とし穴-「自責の杖」事件を読む- 本井 康博
水沢における新島の教え子達 高橋 光夫
上海の内山完造-新島襄との見えざる糸の結びつき- 吉田 曠二
新島の人間味を求めて-河野仁昭『新島襄への旅』 北垣 宗治
新島襄と岡山 竹中 正夫
明治の通信・郵便事情 松井 全
新島先生への挽歌-「獄水会雑誌」第三号より- 竹内 力雄
宣教のディヴィスの生涯(八) マール・ディヴィス 著
北垣 宗治 訳
時危うくして偉人を思う 井上 勝也
管子の「終身の計」 鏑木 路易
新島襄文献 河野 仁昭

第83号(1993年11月)

【巻頭言】
新島先生生誕百五十年記念の問い 中村 幸久
新島記念行事を終えて 河野 仁昭
画期的な新島襄写真集『新島襄-その時代を生涯-』
新島襄生誕一五〇年記念写真集
北垣 宗治
新島襄の大志 -日本の近代化のために- 井上 勝也
井上勝也教授NHKテレビで新島襄を語る 末光 力作
書簡の名人-新島襄 名城大学総合講座筆記 吉田 曠二
十九世紀の自叙伝
ニューマン・ミル・新島・内村
J・H・バークリー
北垣 宗治 訳
大阪における新島襄-木戸孝允との邂逅を中心に- 鏑木 路易
「神戸バンド」一試論 -新島襄と神戸 武 邦保
ディヴィスの手紙に見るトレーニング・スクールの草創期 森永長壹郎
最新の新島襄文献 河野 仁昭
勝海舟の「六然之書」 鏑木 路易

第82号(1993年5月)

【巻頭言】
山本覚馬翁永眠百年におもう 河野 仁昭
山本覚馬・八重兄妹の出自 宮崎十三八
京都活性化のプロモーター山本覚馬-その人と文化戦略- 吉田 曠二
新島襄と山本覚馬-京都の近代を作った男たち- 早乙女 貢
山本覚馬と八重 福本 武久
新島襄と大隈重信 河野 仁昭
明治期のキリスト教教育と新発見の新島書簡について 梁瀬 健
晩年の深井英五 鏑木 路易
同志社のアイロニー-山室軍平の中途退学- 木原 活信
山本覚馬・新島八重文献 河野 仁昭

第81号(1992年11月)

【巻頭言】
新島先生生誕一五〇年を記念して 松山 義則
新しい「詳年譜」-『新島襄全集』第八巻の意義 北垣 宗治
「新島襄の弟子」・深井英五 鏑木 路易
新島襄における西洋体験の意味 坂井 誠
新島襄と女子教育 竹山 幸男
新島襄を京都に導いた一冊の本-山本覚馬発行の英文「京都案内」 吉田 曠二
薮の牛 松井 全
本州北端の村に建った新島襄寄港地の碑 河野 仁昭
宣教の勇者デイヴィスの生涯(七) マール・デイヴィス 著
北垣 宗治 訳
最近の新島襄文献 河野 仁昭
新島襄の英文日記「奈良、宇治、石山、京都行ノ記」 オーテス ケーリ
北垣 宗治 訳


お問い合わせ

同志社社史資料センター

TEL:075-251-3042 FAX:075-251-3055
E-mail:ji-shasi@mail.doshisha.ac.jp

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